センチュリー・プラントにようこそ

言葉と物語、創作小説

恥の意識

「恥の意識と無謀な勇気と対象への愛があれば自然と技術は身についてくるものだ」みたいな文章を読んだ気がするのだが思い出せない。村上龍の文章だったはずだ。手元にある限りの村上龍の本をひっくり返したが、どこだかわからない。

「恥」とはなんだと思って辞書(広辞苑 第三版)をひっくり返したら「恥じること」と書いてある。「恥じること」とはなんだと思って引いてみたら「自分が劣っていることを意識して気が引ける」と書いてある。「気が引ける」とはなんだと思って引いてみると「気おくれがする」と書いてある。「気おくれがする」とはなんだと思って引いてみると「自信を失ってひるむこと」と書いてある。要は、自分が劣っていることを意識して自信がなくなる、みたいなことらしい。

 自分に自信があるという状態はこわい気がする。自分がなにかについて無知なことを知らない状態のような気がする。だから「恥の意識」は必要なのかもしれない。だがそもそも「恥の意識」という言葉があったかどうか定かではないので、それが必要なのかどうかはわからない。