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言葉と物語、創作小説

なぜ言葉が必要なのか

言葉が必要なのは、相手と自分とが独立した別個の人格であり、悲しいことに決して一心同体ではないからである。
(武井麻子『精神看護学ノート』医学書院)

 言葉がなくてもコミュニケーションを取ることが可能な場面はありそうな気がする。たとえば、ただ手をにぎって座っているつつましい恋人たちには言葉は必要ないのではないだろうか。

 しかし名前もまた言葉の一種であり、言葉がなければ名前を呼ぶことすらできない。また声に出さなくても頭の中では言葉で考えているだろう。結局、一心同体ではない自他の境界線が存在する世界では言葉から逃れることはできないのだ。

 でも自分と他人の人格が別であるからこそ、人間同士のかかわりというのがおもしろいのではないかと思う。相手が他人だからこそ人間は愛したり憎んだりする。わかりあおうとして言葉を介して接触する。そこで生じる様々な人間模様が、たぶんうつくしいのだろう。